プロ野球チームの東京ヤクルトスワローズで大活躍をする村上宗隆さん。
豪快で完璧なホームランを量産する姿から『村神様(むからみさま)』と呼ばれ、野球ファンの間で愛されています。
今年は毎日の様にホームランを打つので、スポーツニュースでも村上選手の名前を聞かない日は無いですよね。
そんな村上宗隆さんですが、高校時代の成績やポジションはどのようなものだったのか気になりますよね!
この記事では、
以上を徹底解説します!


村上宗隆の高校時代の成績

村上宗隆さんは、熊本県にある野球強豪校の九州学院高等学校でプレーしておりました。
スポーツに力を入れている学校として有名で、スポーツ強豪校として全国に名前が知れ渡っています。
また、九州学院高等学校出身のプロ野球選手は全部で23人います。
- 住所:熊本県熊本市中央区大江5丁目2-1
- 偏差値:62
- 現役のプロ野球選手:溝脇隼人(中日)、小田裕也(オリックス)、島田海吏(阪神)、中熊大智(西武)、川野涼多(西武)、伊勢大夢(横浜)
村上宗隆の当時のライバルは清宮幸太郎

村上宗隆さんは、早稲田実業高等学校の清宮幸太郎(現・日本ハムファイターズ)と同じスーパー1年生として大きな話題となりました。
村上選手は4打数無安打で、対する清宮選手は1年生とは思えないようなホームランを甲子園で2本打ち、素晴らしい成績を残したことで世間を沸かせていましたね。
2人共に2、3年生の時は惜しくも甲子園出場とはなりませんでしたが、『東の清宮、西の村上』と呼ばれるなど、
注目度はバツグンでプロ野球スカウトからの評価は非常に高く、ドラフト上位指名候補の選手でした。
プロ野球の世界でも、指折りのスラッガーである2人。
これからも切磋琢磨しながら野球界を盛り上げていって欲しいです。
村上宗隆の高校時代の通算ホームラン数

村上宗隆さんの高校通算ホームラン数は公式戦・練習試合全てを含めて52本です。
プロ野球ドラフト候補の選手でも20〜30本台が平均的なので、
この成績から村上宗隆さんがかなり秀でた選手だったことが分かります。
村上宗隆さんの優秀だった高校時代について詳しく紹介していきます。
村上宗隆の高校時代もチームプレイの神!
村上宗隆さんの特徴として、バッティングはランナーが居る場面で進塁打を打ったり、チャンスの場面では逆方向の打球を打つことをしていました。
守備では、常に誰よりも大きな声で仲間を鼓舞し、ピンチではピッチャーへの声掛けなど、細かな気配りを欠かさなかったそうです。
以上のことから、「個人の成績よりもチームの勝利を大切にする」プレーを常に心掛けていた選手だったことが分かります。
『チームの勝利に貢献する為に何がなんでも塁に出ることを考えていた』
『打席数の半分がフォアボールになっていた』
という監督の証言からもそれが証明されています。
もともと、選球眼は優れていましたが、自分中心にバットを振り回さず、チームのために自己犠牲が出来る村上選手はチームメイトからも絶大な信頼を受けていたという話もあります。
そんな自らに使える打席が少ない中、高校野球時代の2年半で52本もホームランを打つ村上宗隆さんは凄いバッターだったということが分かりますね。
村上宗隆の高校時代の驚異のフォアボール数

現在、村上選手はプロ野球でもセ・リーグトップの113個のフォアボールを獲得しており、
2位の丸佳浩選手(読売ジャイアンツ)の75個に対して38個も差を付けている事から、ダントツに選球眼が優れていることがわかります。
村上宗隆さんは高校時代だけではなく、プロ野球の世界でも高いレベルでプレーしていることを実感しますね。
来シーズンは今年の活躍もあって更に警戒されますから、シーズン日本新記録のフォアボール数を記録するかもしれませんので、村上宗隆さんに期待しましょう。
村上宗隆の甲子園出場経験

村上宗隆さんは、高校1年生の2015年第97回全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)に、熊本県代表・九州学院高等学校の一員として出場しています。
対石川県代表・遊学館高等学校戦に1年生ながら4番ファーストで出場するも、
4打数無安打でチームも敗退し、惜しくも1回戦で甲子園を去ることになりました。
成績は残せませんでしたが、180㎝後半の大柄な体格から繰り出される鋭いスイングにはテレビの前で驚かされた野球ファンも多かったと思います。
村上宗隆の思い出「戻れなかった甲子園」
村上宗隆さんは2・3年時、1年時の出場を最後に、春・夏どちらも甲子園に戻ってくることは出来ませんでした。
熊本県には秀岳館高等学校、熊本工業高等学校など、野球の強豪校が多くひしめき、予選を勝ち上がるのが難しかったのかもしれませんね。
3年生最後の夏、予選決勝で惜しくも秀岳館に敗れ、悔し涙を流していた村上宗隆さん。
キャプテンとしてチームを甲子園に導けなかった責任も感じていたのかもしれません。
村上宗隆の高校時代のポジション

村上宗隆さんは高校時代、1年春から一塁手、1年秋以降からは引退まで捕手としてプレーしました。
この写真がキャッチャー時代の写真ですが、身体も大柄なので投手もかなり投げやすそうです。
村上宗隆の高校時代のポジション:捕手転向の理由
捕手にコンバートした理由は、高校時代の監督いわく、
『(村上選手は)記憶力が良くて、リード面の勉強をすれば、相手ピッチャーの配球を読めるようになり、更にバッティングが良くなる』
と考えたことが理由だそうです。
そのお陰もあってか、プロ野球の試合でも、ストライクボールを無闇に振らずにカウント別に待ち球を変えるなど、打席の中で工夫している姿をよく目にしますよね。
村上宗隆さんが年々打率を残せるようになり、バッティングに確実性が付いてきたのは高校時代の監督のおかげかもしれませんね。
まとめ|村上宗隆の高校時代の成績と甲子園エピソード!ホームラン数がエグい!
- 村上宗隆は熊本県にある野球強豪校の九州学院高等学校でプレー
- 村上宗隆の高校通算ホームラン数は公式戦・練習試合全てを含めて52本
- 村上宗隆は高校時代、1年春から一塁手、1年秋以降は卒業まで捕手としてプレー
今回は、村上宗隆さんの高校時代の成績やポジション、ホームラン数についてまとめました。
今シーズンの村上宗隆さんは絶好調で日本プロ野球シーズン本塁打記録の60本に迫る勢いです。
来年以降はメジャーリーグに移籍する噂もあり、今後の動向も気になるところですね。
これからも野球ファンとして村上宗隆選手から目が離せません!!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

